ことばは生きもの。さまざまな社会集団の中でそれぞれの使われ方をしているうちに、少しずつ違う意味合いを帯びていくものです。異なる社会集団の中で生活している人とのコミュニケーションでは、意図せず誤解が生じてしまうことが少なからずあります。そこで効果を発揮するのが、パラフレーズ、言い換えです。
多様化社会のコミュニケーション・ツール
パラフレーズは、自分や他の誰かのことばが意味するものを、別のことばで表現しなおすこと。元のことばの意味を明確にしたり、強調したりするための手法です。
英語圏では基本的なコミュニケーション・スキルのひとつで、親子の会話でも頻繁に使われているのを耳にします。幼児期から自然なかたちでパラフレーズを学んだ人は、特別に意識することもなく、パラフレーズによってコミュニケーションを展開させることが得意です。
英語には、”what you are saying is… (あなたがおっしゃっているのは)” “you mean that…(あなたが言いたいことは)” “in other words (別の言葉に置き換えると)” “put it in this way(こんな風に言い換えてみよう)”など、パラフレーズの際に使う慣用表現がいくつもあります。
パラフレーズ表現は、外国語として英語を使う私たちにとっても、強力なアイテムです。相手のことばをしっかり聞き取れなかったとき、相手の意図がつかみとれないとき、言葉に詰まったとき、自分の言ったことがうまく伝わったか確信が持てないときーーいろいろな場面で、「ちょっとパラフレーズさせてね」というように使えます。英語が流暢でなくても、パラフレーズによって対話しようとする姿勢が伝わり、相手の理解を促す効果もあります。リスニングや読解が得意ではなくても、パラフレーズによって対話内容を理解するための糸口をつかみやすくなります。
パラフレーズは、言葉づかいや言語表現が違う人どうしの理解を深め、対話の目的に向けて意識を揃える機会を与えてくれます。多様な背景を持つ人々が共生する社会では欠かせないコミュニケーション・ツールなのです。
多様化する日本語にも、日本流パラフレーズ
従来の日本語環境では、パラフレーズはとりわけ必要なツールではありませんでした。同族、同郷、同種のコミュニティの中で生活することが前提となる社会では、人による言葉づかいや表現の揺らぎが少ないからです。言葉の意味はもちろん、言葉が呼び起こす印象や連想も共有されています。
今でも、日本社会では、ひとつの言葉から誰もが同じ意味、同じ空気を読み取ることが期待されています。なのに、言葉は、世代やジェンダー、業種や職種など、さまざまな社会集団の中で変化して、その枠を越えた共有が難しくなっています。多様化は人間社会を豊かにする変化で、それを止める必要はありませんが、新しいコミュニケーション・ツールが必要です。そのひとつが、パラフレーズなのです。
例えば、ある製造会社の、少し年配の製造部長に、若い広報スタッフがインタビューするような場合。
(製造部長)私はね、製造部門は会社の山車だと思うんですよ。営業部門が綱を引いて、販売部門が山車に乗る。いくら立派な山車でも、それだけではどこにも行けない。
(インタビュアー)製造部門と、営業、販売それぞれの部門が与えられた役割を全うして、全体で会社を盛り立てる、ということですね。
(製造部長)そう。みんなが揃ってはじめて、祭りが最高潮に達するんですよ。
(インタビュアー)どの部門も欠かせない存在ですね。では、それぞれの役割について詳しくお聞かせください。山車となる製造部門は、どのようにお祭りを最高潮に導くのでしょうか。
こうした比喩表現は日本語の得意分野、豊かな言語表現です。ですが、一方で、異なる背景の相手には思った通りには伝わらない可能性もあります。ここでは、若いインタビュアーが、パラフレーズを使って、比喩表現の意図を確認し、相手の言葉を使って会話を展開しています。
パラフレーズは、会話だけでなく、メールやソーシャルメディアなど文字のやりとりにも使えます。背景情報をミニマムに削ぎ落とした短文のコミュニケーションが増えている中、言葉の意味や込められた意図を共有する機会として、パラフレーズが有効なのです。
ただし、日本語では、パラフレーズの乱用は、押し付けがましい印象を与えやすいので、注意が必要です。従来の日本語コミュニケーションでは、伝え手も受け手も、自分のポジションをある程度曖昧にして、衝突のリスクを防ぎたいという欲求が強く働いています。比喩表現もその表れのひとつ。英語コミュニケーションのように、「つまりこういうことですよね」「言い換えるとこういう意味になりますね」のようなパラフレーズを畳み掛けると、日本語では、相手を問い詰めるような印象を与えかねません。上の例のように、パラフレーズの後に、相手の言葉を散りばめながら対話を展開すると、共感の姿勢を示すことができますし、相手の意味や意図をさまざまな角度から確認していくことができます。
日本語の美しさである余白や余韻、ゆらぎが、待ったなしのスピードで変わりゆく世界の中で、失われていくのは少しさびしい。日本語の美しさを表現しながらも、世界の変化にしなやかに対応できることばを目指しております。
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