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シンプル文のススメ

ことばづくりのコツ、と言えば定番中の定番が、「シンプルにわかりやすく」です。わかりきったことですが、これが難しい。「シンプルに伝える」をシンプルに説明できるようになるには、あと何十年修行が必要かしら。これからの修行のためにも、これまでに学んだ「シンプルに伝える」方法について、いくつかの角度からまとめておこうと思います。今回は、シンプルな文の構成について考えてみます。

日本語は結論が…遠い

私がシンプルに伝えることを学んだのは、効率と効果を追求した言語、アメリカ英語の環境です。伝え手は、無駄なく端的に伝えることを重視します。受け手にとっても、情報の洪水の中で、いかに短時間で正確に必要な情報を処理するかは、もはやサバイバル技術。冗長でわかりにくい文章に貴重な時間とエネルギーを割いてはいられません。学生や下っ端社会人は、教師や上司に言葉を受けとってもらうために、「シンプルにわかりやすく」伝える技術を身につけていきます。

そんな修行を積んだ私が、日本語で伝えることに苦しんだのが、述語の位置。日本語は、述語が文末に来る構造です。主語と述語が、遠いのです。主語と述語の間に、状況や条件を説明する文節をたくさん挟むことができるので、文を最後まで受けとらないと主旨を理解することができません。

例えばこんな文。

雨の降る月曜日、私は、母が買ったダサい傘をさして学校に行かなければならないので、家を出るのが嫌になり、ズル休みした。

読者または聞き手は、この文の主人公=私が結局どうするのか、文末まで知らされません。文節ごとに、状況や『私』の心情を思い浮かべながら共感を高めた挙げ句、文末でやっと『私』の行動が明らかになって、多分ちょっとガッカリします。

雨の降る月曜日 (どんよりするよね。わかるわかる。

母が買ったダサい傘(母親のセンス、ダサい。わかるわかる。

行かなければならない(そのプレッシャー、わかるわかる。

家を出るのが嫌(ダサい傘は見られたくないよね。わかるわかる。かわいそうに。

ズル休みした(行かんのかい!

言語は、思考の土壌になります。前提や条件を慎重に吟味しながら、思考を積み重ねて結論を出すプロセスが、日本人に合っているのでしょう。ところが、今やスピード重視で情報を処理しなければならない時代。読者・視聴者は、どんどんせっかちになっています。文末まで結論を待ってくれません。

長い文を読んだり聞いたりすると、せっかちな受け手は、述語まで集中が持続せず、文節、文節で思考をと切らせてしまいます。文全体の主旨を正確に把握する前に、自分の注意を引く文節に引きずられて注意がそれてしまうこともあります。上の例文の場合、多くの読者が、「ダサいレインコートの人」という短絡的で曖昧な記憶だけを残して、通り過ぎてしまうでしょう。

さっさと述語

一生懸命伝えているのに、なぜか伝わらない。そんなときは、なにはともあれ、『さっさと述語』です。あれこれ説明的な文節をつけずに、さっさと述語を出すのです。さっさと述語を出すということは、さっさと文を終えるということです。一文を短くするということです。

述語というのは、「誰・何がどうした」の『どうした』の部分。「彼は全速力で走った」の『走った』、「バラは棘があっても美しい」の『美しい』です。色々言いたいことはあるけれど、まずは述語を出しましょう。前提や条件や状況説明は、後出しでいいのです。述語の意味を直接補強するものに限り、形容詞や文節をひとつだけ挟むのはいいでしょう。

先の冗長な例文をシンプルな短文に区切ってみます。内容は同じでも、言葉にリズムが出て、受け手の集中を妨げにくくなります。

月曜日は雨降りだった。母が買ってきた傘はダサい。その傘をさして学校に行くのは嫌だ。家を出たくない。私は学校をズル休みした。

あとは、この情報を伝える目的や、もっとも伝えたいこと、相手に何をどう理解してほしいのか、どんな反応をしてほしいのかによって、文を削ったり、入れ替えたりすればよいのです。

たとえば、『私』が学校を休んだことが、その先のストーリー展開のきっかけになるような場合、『ズル休みした』をさっさと出すと伝わりやすくなります。

私は学校をズル休みした。家を出たくなかった。雨降りの月曜日だった。母が買ってきた傘はダサい。その傘をさして学校に行くのは嫌だったのだ。

 もしくは、母のセンスがダサいことで、『私』の生活に支障が出ていることを伝えたいならば、『ダサい』をさっさと出しします。

母が買ってきた傘はダサい。その傘をさして学校に行くのは嫌だ。家を出たくなくなる。月曜日は雨が降ってしまった。私は学校をズル休みした。

このように、長い文を区切って主語+述語のシンプル文で構成し直すと、簡単に伝え方のバリエーションが広がります。意味合いが重複している部分もわかりやすくなります。上の例では、『家を出たくない』は、『ズル休み』や『行くのは嫌』と重複することに気づきます。シンプルに伝えるには、削除しても問題ないでしょう。

 もちろん、ことばで伝える手法は、ほぼ無限大にあります。長い文で受け手を惹きつけることもできます。ただし、長い文で明確に伝えるには、論理的な構成力や語彙力が必要です。「伝える」ことに躓いてしまったら、まずは『さっさと述語』です